南三陸町の仲間たち

コミュニティは崩壊していない。

南三陸町の仲間たち    2012/09/19    

震災後コミュニティが崩壊したという言葉を耳にする機会が多くなりました。
人類学とか学んだわけでもない自分にとって体系的な解説とかは出来ませんが、コミュニティが同じ目的を持った人々の集まりだとするならば、コミュニティは崩壊していないと感じています。

避難所ではお互いが助け合い、被災した方々へ高台の農家の方々が食料や毛布を提供しました。
『コミュニティ生活の場における人間性の回復』は、被災地よりむしろ大都会での今の問題なのかもしれないと思うくらいです。

震災前に比べて地域の住民の繋がりは広がり強くなっています。
以前は挨拶をしなかった方々も避難所で共同生活をする間に話しをするようになり挨拶をするようになりました。
避難所で同じ地区に住みながら知らなかった人同士が知り合いになりました。
毎日の様に行われる復興の話し合いでも繋がりが強くなっています。
仮設住宅へ引っ越しても避難所での出会いや共同作業の思い出が話す切っ掛けを作っています。

各仮設住宅には集会場が出来ています。
町民の要望で町やボランティアさんの活動で建てたものです。
集会場というコミュニティスペースは仮設住宅に住む小さな単位で活用されています。
使用頻度は低いものの有用な場所になっています。

でも、各仮設住宅の集会場はもう少し大きな単位でのコミュニティスペースにはなっていません。
小さな単位の集会場は小さな独立国を作り始めています。
せめて、戸倉地区、志津川地区、歌津地区単位の人が集い話し合う場所が求められています。

戸倉地区では規模は小さいものの地域全体で利用する「戸倉自治協議会の事務局・ 寺子屋こうやくん(学習室)」が建てられました。
志津川地区では、さんさん商店街がその役割を担う場所になるでしょう。
歌津地区では伊里前福幸商店街がコミュニティとしての役割を果たしています。

志津川地区と歌津地区の商店街は学校の近くにあります。
毎日児童が通学し学校では体育会等の行事が行われます。
体育館やグラウンドはスポーツをする子供達に利用されます。
そういう場所には父兄が集まります。
商店には日常品を買いにくる方々がいます。
バス停等のある場所は乗降客が集まります。

バス停や学校が近い伊里前福幸商店街は地域全体の方々が集うコミュニティになっていますが、まだお客様の休憩場所はありません。
今後の課題だと考えています。

参考
コミュニティ(英語:community):英語で、「共同体」を意味する語に由来。同じ地域に居住して利害を共にし、政治・経済・風俗などにおいて深く結びついている人々の集まり(社会)のこと(地域社会)。日本語の「共同体」はこれの訳語。主に市町村などの地域社会を意味するが、転じて国際的な連帯やインターネット上の集まりなども「共同体」あるいは「コミュニティ」と呼ばれる
Wikiより

1969(昭和44)年、国民生活審議会の「コミュニティ問題小委員会」の検討の結果、『コミュニティ生活の場における人間性の回復』と題する報告書が出版されて、コミュニティという言葉が広く使われるようになった。
これを契機に、自治省始め他の行政施策の中で、コミュニティという言葉が頻繁に使用されるようになる。そして、そこでは、報告書の題名となった「生活の場である地域社会で、人間性の回復」が期待され、願望されていた。
それというのも、地域には部落会や町内会、自治会などの全住民が参加する組織はあったが、旧い体質や、都市農村を問わず地域社会の激しい変貌で、過密や過疎が進み従来の地域社会の考えでは、人々のニーズに応えられなくなったいた。
はてなワードより